2021-09-03

タイムトラベル 50’s

今ではコーディネイトの選択の一つとして誰もが1本はお持ちのジーンズ。
そのジーンズは一体いつ頃日本で販売されるようになったのかをご存知だろうか。

正解は1960年代。昭和で言うと30年代中頃から40年代にあたる。
今の70歳くらいの人が10歳くらいの時である。

では、その1960年代までジーンズが日本に存在しなかったのかと言うと答えはNOだ。
ジーンズ自体は存在した。

1950年代の東京には7000件以上もの中古衣料の小売店が存在したそう。
中でも上野から御徒町にかけてのアメヤ横丁 (通称 アメ横。今でもありますね。)
には中古衣料店、特に当時の若者のファッション感覚をくすぶる品物が多かったそうだ。

ここで脱線しよう。
アメヤ横丁。皆さんにはアメ横の方が馴染みがあるだろう。
正月に食材を買いに、スニーカーを買いに、観光で、デートで
など様々な目的で訪れた事がある人も多いと思う。
地方出身の私も最初に訪れた際はその活気のある街にテンションが上がったものだ。

ではこのアメヤ横丁の名前の由来、ご存知だろうか?
筆者も知らなかったので調べてみた。由来は2つ説があるそう。
1つは、砂糖が貴重だった時代に露店で飴を販売し大好評だった事から。
もう1つは、アメリカ進駐軍の払い下げ品を売る店が多かったから。
なんとなく名前のままであったがこんな由来らしい。

しかし、このアメリカ進駐軍の払い下げ品が日本のジーンズの歴史に大きく関わる。
と言うのも当時のアメリカ兵が穿くチノパンツやジーンズは若者の憧れの対象で
それらの払い下げ商品を扱うお店は大変人気だったそうだ。

ついにはジーンズを専門に扱うお店が出来始め、そこが大変な人気を得た為近隣のお店もジーンズに特化する所が増え、ジーンズ発展への糸口を得たそう。これぞ日本のジーンズの歴史の幕開けである。

これは売れると言う事で、店舗だけではなくトラックにジーンズを積んで巡回するキャラバンセールも始まり徐々に地方にも浸透していったそうだ。

1950年代半ばになると、中古衣料店を軸にし作業服や若者向けのカジュアルな衣料品を売る店が全国的に増えていった。

1950年半ばは日本のジーンズ史の幕開け前夜と言えそうだ。

ちなみに、この1950年代半ば、この時代を調べると出てくるのが、太陽族である。
映画「太陽の季節」のブームにより、その登場人物のファッションに影響された若者のスタイル。

その出立ちはスポーツ刈りにアロハ、サングラスといった感じ。
女性は「ローマの休日」の大流行でオードリーヘップバーンのファッションを真似し
ヘップバーンカットにサブリナパンツ (7〜8分丈のスリムパンツ)が大流行したそう。

この頃の音楽はというと美空ひばりのリンゴ追分が1952年。
石原裕次郎や島倉千代子などの名前が当時のヒットチャートに並ぶ。

海外に目を向けて見ると今でいうオールディーズの時代。

The Platters Only You 1955年

The Chordettes Lollipop 1958年

Royal Teens Short Shorts 1958年

Nat King Cole L O V E 1959年

番組やCMで耳にした事がある曲が多く、良い曲が多い。
当時の出来事でいうと紅白歌合戦が始まったのが1951年。
この年に初めてプロ野球がテレビで放映。マリリンモンローが来日したのが1954年。
なんとなくこの1950年代という時代背景を連想して頂けたのではないだろうか。

今回から、数回に渡ってジーンズと時代を切り取った「タイムトラベル」シリーズをお届けする。

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