トレンドの波が来つつある!?いやもうとっくに来てる!?「フレアジーンズ」について第二弾。前回のコラムでは割いたのは私の思い出話中心でしたので、今回からしっかりと解説をしていきたいと思います。
まずは歴史から紐解いていきましょうか
ジーンズが生まれたのは1800年代後半にかけてであります。炭鉱で働く男たちのワークウエアとして誕生しましが、20世紀にかけて商用化が始まり、時を経て一般的なカジュアルウエアの仲間入りを果たしたわけです。日本では1950年台に米兵の払い下げのジーンズや米国の古着をアメ横で取り扱うようになり、ジーンズだけでなくアメリカのカジュアルウェアが若者の間で認知されるようになり、今日までに至ると言った経緯となります。
元は炭鉱で使うワークウェアでしたが、日常使いのパンツに変わるようになり、頑丈さを求められていたジーンズが変化をしていきます。リーバイスが1890年「501」と言うロットナンバーをつけ商用化を始めてから時を経て何十年「様々な形、素材、生地の織り方、染め方」でラベリングをして多種多様に渡る、デニム製品が誕生していきます。
フレアパンツはイギリスのセーラーパンツが由来と言われており、フレアデニムが世に急速に認知され始めてたのは、1960年代後半から1970年代前半頃からで、多様なファッショントレンドが世に生まれ始めた一つに、当時アメリカではヒッピーカルチャーがありました。反戦、反体制の象徴として、ジーンズを穿き、大胆な色使いと露出の多いトップス無造作でそのまま伸び切った髪型が一代ムーブメントとなり、音楽とともに世界中で広まりを見せて行くようになります。
ヒッピースタイルの象徴でもある、フレアシルエットに加え、70年代前半には「ホットパンツ」「スリムフィット」がコレクションに登場しており、今日の世に存在する多数のデニムシルエットの多くがこの頃から産声をあげており、ファッションのジャンルや垣根を越えて様々な人に愛用されるようになったのであります。
さてこのフレアジーンズですが、ヒッピーカルチャーの衰退移行徐々にメインストリームから降りて行くようになります。80年代からはバギーやルーズといった今日の日本のファッショントレンドに繋がるような、気だるく加工感の強いジーンズが支持されるようになり、2000年代にはスキニーブーム、プレミアムジーンズブームなど、フレアとは対極に属するようなジーンズが勢力を伸ばして行くような構図でした。音楽やカルチャーとの結び付きが強いフレアジーンズは、ある一定層の支持層はいるものの、若者の殆どに支持されているかというと、そうではなく、先述の通りで少しは見かけるが、みんな穿いているジーンズではないというのがここ5〜10年の印象です、しかし前回のコラムでも書いた通り、近年はフレアシルエットの若者が着実に増えています。
一体なぜでしょうか?考察してみます。
①ヴィンテージブームから派生
一番自然な考えですが、今更ですがめっちゃ古着来てる人います。その中でバギーであるとかルーズに組みするオーバーサイズがトレンドでしたが、増えすぎてヴィンテージサイバーゾーンの方がいち早く離脱をして行ったからではないか説。加えてちょっと前に昭和レトロと言う言葉がブームになりましたが、60年代70年代のファッション感が見直されて、現代風にアップデートされたのではないのでしょうか?
②振り子が戻った説
ファッションは日々アップデートされる一方でスタイルは行ったり来たりを繰り返す特徴もあります。ここ30年のデニムファッションのトレンドを振り返ると、ルーズなものが細くなり、加工したものが流行り、またルーズになるトレンドをしています。その中で大きく振り子が戻り、裾広がりなものが再びフォーカスされるようになったのかも知れません。実際にGUCCIやLOUIS VUITTONは数年前よりフレアモデルをコレクションで発表するようになりました。トレンドのダッドスニーカーやボリュームのある靴にはこちらの方が相性が良い事を気付き出したのかも知れません。
いずれの説が正解、不正解かは置いておいて、前提としてジーンズだけでなくファッション全体が以前より多様化して、寛容であることが背景にあるのではないでしょうか?昔からすると少し変わった髪色や髪型、思わず昔なら二度見するようなファッションも全ての人が馴染む街になってきたような気がします。それが自己であり、アイデンティティということが受け入れられ、好きなファッションをする事でテンションが上がり、今日1日頑張れる世の中になれば素敵ですね。
歴史編はここまでです。次回もお楽しみに👋